『40代からは「稼ぎ口」を2つにしなさい』で割愛した幻の原稿

これが『40代からは「稼ぎ口」を2つにしなさい』で割愛した原稿です。

序章の次の2つの節の間に入っていたのですが、諸事情があって割愛しました

・40代からの副業で十分間に合う …33
>>本当はこの間に存在していた幻の原稿<<
・サラリーマンだと10万円昇給しても手許にはほとんど残らない …36

 幻の原稿

 40代で潮目が変わるので、乗り遅れるな!

 2020年12月12日の日本経済新聞に、『「腰かけシニア」は限界 現役続行、自ら磨いてこそ』という衝撃的な見出しが踊っていました。この記事は、次のような書き出しで始まっています。

「腰掛けシニア」。こんな言葉が企業でささやかれている。定年後にやる気をなくしたまま企業にしがみつく社員のことだ。企業活力研究所(東京・港)の調査によると「意欲を持って働いている」と答えた60代は54%と半数にすぎない。

 確かに40代ともなると、成れの果ては「腰掛けシニア」なのかもしれない、という不安が頭をよぎり始めます。そのうえ、老後の生活費が足りないことにも徐々に気づき始める。これらも40代で一気に、副業し始める人が激増する原因の1つでしょう。
 でも、理由はそれだけではありません。40代のミドルが副業を始める背景には、それ以上に大切なことがあります。それは「働く理由」と「やりがい」の変化です。

 30代まではスキルを磨いて収入を増やすためにガムシャラに働きますが、40歳前後では経験を活かせるようになり、仕事に余裕が生まれます。若手の育成・指導に励む人も増え始める。見る目も養われて、会社や社会の矛盾に気づきやすくもなります。そして、「その矛盾や課題を何とかできないものか?」という使命感すら抱くようになる。運良く役員にまで出世できれば、自らの手でそれらを解決することも可能でしょう。
 でも、出世するためには、本業のスキルとは無関係な社内営業スキルを磨き上げ、上司に気に入られて引っ張りあげてもらわなければなりません。役員として生き残れるのは社内政治に長けた一部の人たちだけなので、ほとんどの人は無力感を感じて苦しみます。
 このまま会社にいても報われないので、持てるスキルと使命感とを活かしてセカンドキャリアを築きたいと思うようにもなる。これは、綺麗事ではなく、そうでもしないと、60歳以降を人間らしく生きていくことができません。
 つまり、40代こそが、一気に潮目が大きく変わる時期だということ。流されないうちに急いで舵を切らなければ、「腰掛けシニア」まっしぐらです。

 私自身も40代半ばの頃、身をもってそれを痛感するはめになりました。その頃の私は、全国の支店長を本部からサポートする立場でした。この当時すでに、顧客を踏み台にして手数料が高い投資信託や保険を売りさばくことが常態化。バランス感覚のある支店長は、顧客の損失を心配しながら、銀行の行く末を案じていました。私もいく度となくそんな支店長の相談に乗りながら、どうやって経営方針と折り合いをつけるかを模索し続けました。
 私が一番心を痛めたのは、そんな思慮深い支店長が片っ端から左遷されたこと。それと引き換えに、顧客を踏み台にしてノルマ達成に邁進する支店長だけが出世していきました。
 見かねた私は同僚とともに、直属の上司である役員に進言し、やっとのことで経営スタンスを再考していただくことになりました。しかし恐ろしいことに、火中の栗を拾いに行ったその役員が経営陣から返り討ちにあってしまったのです。 

 金儲けという旗印の前ではどんな正論も通用しない。役員でさえも砕け散ってしまう。頭取にでもならない限り、この銀行を変える術はないのかもしれない。とはいえ、私より遥かに優秀で、役員の覚えがめでたい同僚は掃いて捨てるほど転がっています。しかも、出世するためには、銀行の方針通りに顧客を踏み台にしなければなりません。周りを見渡すと、私の同期は血眼になって出世競争と足の引っ張り合いに励んでいる。私自身も何度ワナにハメられて足元を救われたか、数え切れません。ドラマ「半沢直樹」で描かれた姿は、いくつかの脚色を除いてほぼ真実に近い。

 一方で、この当時すでに私のデビュー作がベストセラー化していました。そのまま著者として活動できるなら、内側から銀行を変えられなくても、銀行の外堀を1cm程度なら埋められるかもしれない。2つ目の稼ぎ口も順調に拡大し続けていたので、生活費の心配はありませんでした。どうせ55歳で役職定年を迎え、60歳で非正規雇用となって、置かれた場所で枯れていくわが身です。ならば、今が潮時なのかもしれない……。こうして私は50歳のとき、セミリタイアを決意しました。
 もし2つ目の稼ぎ口がなかったなら、私は今もくすぶり続けながら、監獄のような銀行の片隅で「腰掛けシニア」として生殺し状態になっていたでしょう。破産しかけて、やらざるを得なくなって始めた副業でしたが、それが私の人生を救ってくれたのです。

※『40代からは「稼ぎ口」を2つにしなさい――年収アップと自由が手に入る働き方』を未だ読まれていない方は、こちらからどうぞ。

<内容紹介>賃金は増えない。税金で可処分所得は減るばかり。老後2000万円問題も心配。「このままサラリーマンとして働き続けていいの?」という不安がある人へ、稼げるライフワークを見つける老後不安をなくす働き方。



 

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